何度でも、伝え続けるよ。戦後77年
8月某日のSNSで、NHK放送の「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争」の再放送予定が目に止まった。
水木しげるの自伝戦記漫画『総員玉砕せよ!』(昭和48年発表)原作である。
昭和40年代、太平洋戦争の激戦地ラバウル戦線に送られた21歳の二等兵丸山(水木しげる)が体験した戦記である。
「総員としての国」と「個としての命」という、相反する価値を問い続け、生きているからこそ考えぬく人間の
葛藤を感じた。
丸山二等兵が直面したニューブリテン島で、玉砕命令が出た兵士が生き延びるとは、死刑を宣告されたと同じ
ことであった。激戦から生き延び、セントジョージ岬まで辿り着いた81名は、秘密裏に同じ日本軍から敵陣逃亡
の罪として処分される恐怖に怯え、団を束ねていた者は、他の部隊の上層の命令により、次々と自決していった。
個の命を尊ぶことは軍の風土として許しがたく、戦線から後退することも許されず、敵地に向かってただ玉砕す
ることのみが、皇国日本軍の最後と覚悟し、貴重な生命を絶っていったのだ。
これまで生きて来た一人の生命の終わりに直面した時、本人と家族は、その死が無駄死であったと思いたくない。
その死に意味を持たせ、玉砕と戦争を肯定することが、この苦しみから逃れる最後に出来る鎮魂であった。
戦後から復興し、戦争の傷跡が見えにくくなった頃、水木しげるが描いた妖怪の世界は、人間のように苦しみ
もがき、喜びに満ち溢れ、意味を見出せない模索を繰り返したりとまるで人間の世界の一幕のように写し出され
ていた。丸山二等兵の死んでいった仲間も、水木しげるの面前に現れては、自分達の生涯を書け書けと現生の
水木しげるに懇求していた。第二次世界大戦で失われた310万人もの犠牲は、一体何の為の犠牲であったのか。死
者だけではない。残され、生き地獄を生き抜いた戦争犠牲者も無数にいた。妖怪の世界を空想した一人の戦争体
験者は、あの苦しみを二度と繰り返してはいけないと、忘却する人間に警鐘を鳴らしているのだ。私も生きてい
る人間の世界であるからこそ、戦後何十年経っても、伝え続けていくのだ。